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鍋一杯にカレーを作った。明日もカレーを食べようっと。火曜日にカレーうどん。髪を切るという一大イベントをこなし、腑抜ける。何にもしたいことがないんだなー、と思う。平安と平静、いいことである。午後八時には「義経」を観る。タッキーは見目麗しい若君だが、もうとんでもなくへたれだ。黙っていて欲しい。下手な役者を見分ける最も簡単な方法は、余った「息」の始末だ。発声の基礎として、息は吐き切らなければならない。余らせて、文節の最後にスとかサとかサ行の擦過音を伸ばして調節すると、とても聞き苦しいことになる。表現力や情感のずっと手前の発声の技術レベルの問題ですよ。桃太郎さん、お腰につけたきび団子、ひとつわたしに下さいな、というだらだらした展開で今は家来が四人いる。弁慶はマツケンで肩幅が立派だが、あとはイロモノばかりだ。ちびノリダーがいいぞ。育ってもちびだぞ。愛らしいぞ。それから南原清隆とうじきつよしだぞ。全員、顔が濃い。大河ドラマは一年がかりのおおらかな気持ちで観ればいいのだけれど、それにしても面白くない。宮尾登美子の原作がタコなのか? 平家一門と、今日姿を現した奥州藤原家一門は豪華キャストだ。中でも鶴見辰吾が好きだ。長嶋一茂はどうしてあんなに堂々としていられるのか、謎。源頼朝の中井貴一は、顔が長くてきもい。NHK は大河ドラマをストリーム配信すればいいのにね。かわいかった子役の牛若や凛々しかった子役の頼朝は永久保存版であったと惜しまれる。
野又穫 Nomata Minoru を知っているか。ピエール・バルー Pierre Barouh を知っているか。自分は今朝まで知らなかった。病院の後、午後から出かける。新宿区内藤町のピエール・バルーの家(ラミュゼ de ケヤキ)で開かれている、野又穫ドローイング展 "SEEDS" を見に。家は家で、門を開けてお邪魔する。中はサロン風の雰囲気で、身内の方(ややご年配傾向)がたくさんいらっしゃる。まったくお邪魔するという気持ちである。靴を脱いで上がる。誰かの隠れ処に迷い込んだような気分だ。そこで見たドローイングは、とてもよかった。同時にやっているオペラシティの個展の方より、多分ラフで小さいものだと思うが、そこがよい。空想建築と呼ばれているものの、もっと夢っぽい。その景色を夢で見たような既視感、しんとした灯台、壊れかけ、造りかけ、草。強い風。この世のものならぬ柔らかな陰影。方舟の骨。人がもういなくなった世界で、数十年かを経た人間の痕跡が、ただ確かに建っているのだ。単純だけれどその物語の後に引き込まれる絵だった。衝動買いしそうになる、25万円から。欲しかった…。この絵が自分の部屋にあったら、そこは別次元への窓になるだろう、とリアルなイメージが湧く。タルコフスキーの映画を想起した。
一ヶ月延びた予定のカレーと映画。「誰も知らない」は、★3 ですかね。役者はみんな存在感が確かでとてもいい。茂の天然の愛敬が最高。悪人がいない世界。木村兄さんが汚れ役でにやにやした。ただ何か…、清潔で整っていて、風は吹いているけれど微風な感じで、夏の汗もスコールの公園も、きれいに流れていく。「あいつんち、くせーんだよ」という台詞がありましたが、荒れた部屋も汚く整い、臭気は漂わない。ぎりぎり最低限に抑えられた会話。子どもは何も言わなくても、もっと、もっと、もっと苦しい。そういう煮詰まったところが観たかったかな。「異臭を放つ宝石」とは…。コンビニ店員の女子が変わった顔でよかったと思ったら主題歌の歌手かよ! まぁ、劇場でハズレを掴むと激怒する(¥1,800)とまで言わず、確か「座頭市」以来の映画館はそれなりに暗くて楽しかったでした。秘宝を買っているくせに読まないので、公開前からわくわく待つということが出来ない。そんなことでどうする、と言いながら、中原くんの古いトラッシュ・ムービー本「ソドムの映画市」を読んでいる…。
