読書の秋が終了したような手応え。一年前に買って積んであった「Web 標準の教科書」でも読むか。あ、「バカの壁」がまだあった。
わからないことが多くて、手軽に「わからない」と口走るけれど、そこで思考停止だよな。「わからない」に自覚的であるように。わからない、と書いたら注意しよう。
アタマの中がごちゃごちゃしているのは誰でも同じだ。コモディティとは陳腐化のことであった。誰でも同じ、代替可能。そんな「自分」は、人間を疲弊させる。
例えば恩師の文章を読むと、すっきりしてアタマがよくなったような気がするけれど、大いなる勘違いで、恩師の力強いロジックを自分で借用することすらままならない訳だ。使いこなせる語彙も貧しい。それは思考の厚みに直結する。
自分の書きものは、もやもやをそのままの塊、そのままの手触りにしておく程度のものだ。見通しが悪いまま、息苦しいまま、手探りの文章。書きながら考えようよ。
書くものはアウトプットというより、吐く息に近い。二酸化炭素。後ろに漂って、残る。
広い場所に行きたい。