昼前に出かけて青山に行った。渋谷から歩いた。宮益坂は何年かぶり。この坂を上がったところに仁丹ビルがあった。今日はなかったのでびっくり。東京で最初に勤めた会社が仁丹ビルの、何階だったろう。横目で眺めつつ、こどもの国と国連大学の前を通り過ぎ、青山ブックセンターに行く。もう受付が始まっている。後ろの方の席を占めて、満を持して晴れ舞台を得たソメスのレポートパッドを用意して待つ。ほどなく先生方が現れて、対談が始まる。「村上春樹にご用心」刊行記念イベントである。
論点は明快で、村上文学は、「父」のいない世界でどのように正義を行えるか、との大きなテーマを持っている。「父」のいない世界がどんな索漠とした怖いところか、邪悪なものは確かに存在する、そこでディセンシーをもって生きること。内田先生が読み解かれる村上春樹は、巨大な恐ろしい作家として出現する。
終了後、何故か、村上春樹の新刊「走ることについて語るときに僕の語ること」を買っていた。
サイン会があるので、その間どこで待とうかなと、ぼんやりしていると、「フジイか?」と声をかけられた。東京で最初に勤めた会社の社長だった。内田先生とは幼なじみで、共著も出していらっしゃる平川氏である。一緒に対談をなさったことはあるが、聴衆として会場に来られたのは初めてのことなのだそうだ。外のテラス席で小一時間、近況報告などしつつ、お話を伺う。
いくらなんでももうサイン会は終わっただろう、と見に行くと、打ち上げが横の店で始まっていた。内田先生と柴田先生が並んで座っておられて、恐ろしいことに、「ポール・オースターで卒論を書いた教え子です」と紹介していただく。ギャー! 柴田先生の正面に座らせていただき、緊張で脚がガクガクする。柴田先生はヒーローです!と熱いトークは全然しないで、借りてきた猫であった。柴田先生は面白い方です。音楽出版の編集者の人と話されているときに、「フジイさんはどんな音楽を聴くんですか?」と話を振って下さった。もうパニックですよ。スフィアンとフアナです。と言っても仕方がないので、「学生時代はフリッパーズ・ギターを聴いていた世代です」と申し上げた。「その後の小沢君はどうですか?」と聞かれ、困る困る。もう一人の方に行きました。と言うと、編集者の人が、コーネリアス最高!と。最高かどうかはちょっとわからない。
はー、華やかな一日だった。内田の身内です、と見栄を切れればいいが、彼ら(編集者、翻訳者、アカデミックな人々)に語れるような社会的活動はできないので、名刺をいただいても返す名刺がない。そういうのってとても辛い。それでも、年に一度、恩師にお会いできて、生でお話を聴けるのが、人生の貴重な一日であることは確かだ。
最後に、柴田先生にも、平川社長にも、「がんばれよ」とお言葉がいただけたのがうれしかった。